ブラ・ケット記号は、複素数体ℂ上に存在するベクトル空間Vにおいて、内積を考える上で便利な表記法である。ブラケットとは〈 〉を意味し、ブラベクトルとケットベクトルを作用させることで内積を表す。また、線形性を示し線形結合する。
重ね合わせの原理
ベクトルの状態空間Vにおける波動関数は複素ベクトルであり、シュレディンガー方程式の解である波動関数は任意の複素数を用いて、
$$\begin{align}\Psi&=c_1\Psi_1+c_2\Psi_2\cdots+c_n\Psi_n\\&=\sum_{i=1}^{n}{c_i\Psi_i}\qquad(1)\end{align}$$
を満たす様な線形性を示す。線形性とは任意の係数倍したベクトル同士を足し合わせる事ができると言う意味である。この線形性は、波動関数における重ね合わせの原理を意味する。
ブラ・ケット記号の基本
通常、ベクトル空間上に存在するベクトルは\(\vec{\varphi}\)や\(\mathbf{φ}\)と書くことが知られている。そこで、ヒルベルト空間上のベクトルを\(\left|\left.\varphi\right\rangle\right.\) と書き、この様なベクトルをケットベクトルと言う。また、ベクトル空間から複素数体への線形写像を \(\left.\left\langle\Psi\right.\right|\) と書き、これをブラベクトルと言う。
次に、\(\left|\left.\Psi\right\rangle\right.\)と\(\left|\left.\varphi\right\rangle\right.\)の内積は
$$\left(\left|\left.\Psi\right\rangle\right.,\ \left|\left.\varphi\right\rangle\right.\right)=\left\langle\Psi\middle|\varphi\right\rangle\qquad(2)$$
と書くことができ、値は複素数となる。ブラベクトルとケットベクトルで複素数を作る操作を縮約と言う。このとき、内積 \(\left\langle\Psi\middle|\varphi\right\rangle \)を写像 \(\left.\left\langle\Psi\right.\right|\) による\(\left|\left.\varphi\right\rangle\right.\)の像と考える。
また、ブラベクトルとケットベクトルは複素共役を取り転置すると等しくなる。転置を†(ダガー)を用いて表記すると、
$$\left|\left.\varphi\right\rangle\right.^†=\left.\left\langle\varphi\right.\right|\qquad(3)$$
$$\left.\left\langle\varphi\right.\right|^†=\left|\left.\varphi\right\rangle\right.\qquad(4)$$
の様に書ける。これらのブラケットの関係をエルミート共役と言う。
行列の表現
ケットの空間をn次元縦ベクトルの空間とする。ここで、2つのケットベクトルを
$$\left|\left.\varphi\right\rangle\right.=\left(\begin{array}{c}\varphi_1 \\\varphi_1 \\\vdots \\\varphi_n\end{array}\right) , \left|\left.\Psi\right\rangle\right.=\left(\begin{array}{c}\Psi_1 \\\Psi_2 \\\vdots \\\Psi_n\end{array}\right) \qquad(5)$$
と定義する。ここで、ケットの内積を計算すると、
$$\begin{align}\left(\left|\left.\Psi\right\rangle\right.,\left|\left.\varphi\right\rangle\right.\right.)&=\sum_{i=1}^{n}\Psi_i^*\varphi_i\\&=\left|\left.\ \Psi\right\rangle\right.^†\left|\left.\ \varphi\right\rangle\right.\qquad(6)\end{align}$$
となるので、(6)から対応関係
$$\left.\ \left\langle\Psi\right.\right|=\left|\left.\Psi\right\rangle\right.^†\qquad(7)$$
が得られ、ブラとケットは転置の関係であることが分かる。
完全系
ブラ・ケット記号を用いることで、演算子やベクトルを基底(座標系を成す線形独立なベクトルの集合)で表現することが簡単になる。ヒルベルト空間上のどんなベクトルも、その空間上のベクトルの線形結合で表記される場合、その系を完全系と言い、ケットベクトルも線形結合で表記できる。
ここで、状態空間における正規直交基底を\(x_i\)とすると、完全系における\(x_j\)との内積は、クロネッカーのδを用いて、
$$\left\langle\ x_i\middle|\ x_j\right\rangle=\delta_{i,j}\qquad(8)$$
となる。このとき、i=jならδ=1、i≠jならδ=0の値をとる。
また、\(x_i\)が完全系なら、
$$\hat{1}=\sum_{i}\left|\left.\ x_i\right\rangle\right.\left.\ \left\langle\ x_i\right.\right| \qquad(9)$$
の様な完全性関係が成立する。
コメント